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2008年11月11日 (火)

飯田先生との共通点(?)。

あと10日ほどで飯田史彦先生の新刊が出るそうで楽しみにしています。

それにしても急でしたね。松下幸之助氏との共著(?)らしいですが面白そうです。

パナソニックに勤めている人が読んだらどう思うでしょうね。単なるスピリチュアル本として

冷遇されるのでしょうか。先生の本は自己啓発コーナーにおいてある場合が多いのでビジネスマン達の評価が気になるところです。

ところで私と飯田先生の共通点を考えてみました。

先生のイメージキャラクターが「クマ」ですよね。

私の出身地は「クマ」本県です。全然関係ないですね(笑)。

私は24歳の時、就職したのが松下電器でした。工場勤務でしたが下請けの仕事もしたし、正社員の時もありました。松下幸之助氏の本は読んだことはありませんが職場の雰囲気は松下氏の精神にあふれていたと思います。また月刊PHPも読んでいました。

4年位いたと思います。当時、完全週休2日制など大企業しか実施されておらず、まして

5時の定時で終わっていましたので合気道や太極拳、ヨガ、話し方教室等に通うのにはとても都合がよい会社でした。最近は会社名が変わり経営方針も異なってきましたが昔の松下電器は家族的で温かいところでしたね。この会社これからどうなるのでしょう?

飯田先生は学習院大学卒業ですが、私の親戚といっても離婚したので元親戚になりますがやはり学習院を出ています。

悲しいことにこの人は大阪のあいりん地区で死んだそうです。私も以前は大阪にいたので

連絡してくれれば少し位なら金銭的な援助はできたのにと残念に思いました。

死んだという噂を聞いたとき「学習院を出ていてなんであんなところで・・・」と思いました。

よほどの事情があったのかもしれないとは思いましたが親戚ではなくなったので詳しい

理由はわからずじまいです。あいりん地区のことを考えていたら若い頃を思い出しました。

21歳の頃、埼玉県の新聞販売店で働いていたころ、東京の山谷地区にいた人が

新人で寮に入ってきました。38歳の人でした。年は離れていましたが気が合いよく喫茶店で談笑したものです。冗談好きな人で妻子は東京にいました。こんな面白い人が何で

山谷にいたのだろうと疑問に思ったものでした。競艇や競輪等ギャンブルが好きな人だったのでそれが原因だったのかもしれません。私ですか?私も一緒に行ってました(笑)。

「俺は長嶋茂雄と年が同じなんだよ」が口癖でした。私はそれだけでなんか尊敬してましたね(笑)。社会の最下層にいる人たちも好きでそこに行き着いたわけではないと思います。それにしても埼玉県時代はギャンブル、キャバレー、おさわりバー、「ご想像におまかせします場所」(笑)等よく通ったものです。おかげで堅物人間にはならなくてよかったです。聖人君子や立派な人間なんかなりたくない私です。

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